ジーン・スレイフ・ステイレス
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心に一時の平穏はあれど、奥底に眠るは血にまみれた黒い夢。 心にまとった百年の氷は溶けども、その芯は冷えたまま。 呪われた魔剣によって、死を失って百年。 天を破る神剣によって、魔剣を失って二年。 死した旧友を救うため、旅を続ける魔剣士の見る夢。 それは、血にまみれた夢。 心地よい悪夢。 |
2日目486文字 |
夢を見ている。 血にまみれた夢を見ている。 ジーンはうっすらと目を開けると、どこか淀んだ空を見上げた。 血の匂いが鼻孔をくすぐる。懐かしい匂いだ。 身を起こし、己の格好を見る。 青いマントは血で黒ずんでいた。地面に刺していた剣は、彼から死と老いを奪った魔剣ではなく、孤島で扱っていた長剣だった。これも、血と脂で随分と汚れている。 「おかしい」 何がおかしい? 「俺は孤島から去ったはずだ」 ではここは孤島か? 「死んだあいつを救うことも出来ず、また孤島を求めて彷徨っていたはずだ」 ここがその孤島だ。 「……そうか、ここが孤島か」 そう、血と悲鳴に満ちた弱肉強食の世界。 「血にまみれた世界」 そこでお前はどうする? 「知れたこと」 斬って斬って斬りまくる。 「命を奪い、命を吸って――」 吸って…………どうする? 「思い出せん……」 何かを忘れた。 「思い出せ」 大切な事だ。 「駄目だ」 無駄だ。 「俺は……」 夢を見ている。 血にまみれた、夢を見ている。 |
3日目409文字 |
ずぶずぶと 血に 沈む 旧友の 唄が 笑い声が 沈んでゆく 助けてくれ
体が動かない 沈んでしまう 血に 血に 血に 沈んでしまう 俺はまだ止まれない
もはや身体も動かない あいつを助けなければならない
心も動かない 動け、立て、こんな――
動かぬ心は冷えてゆく 凍ってゆく こんな悪夢は振り払わなければ……
そうしてジーンは悪夢の中へ
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4日目1388文字 |
夢を見ている。 血にまみれた、夢を見ている。 剣を持った小さな手が震えている。 覚えている。 これは初めて人を殺したときだ。 あれは今から何年前か。 たしか十歳だったから、九十八年も前になる。 初めて人を殺した日、あの日から今まで千を越える命を奪ってきた。 そんな自分でも、初めて人を殺したときには、あんなにも情けなくがたがた震えていたのか。 ジーン・スレイフ・ステイレスは夢の中で微笑した。 その途端、視界が歪む。 ああ、夢の場面が変わるのだ、そう納得して安定を待つ。 † 二条の光刃がジーンの額と心臓を貫いた。 百年以上も生きてきて、このような致命傷を受けたのは初めてだった。 自分の中に溜め込まれた他人の命が、いくつか散った。 楽しい。 愉しい。 とても愉快だ。 「フッ……フハハ……フハハハハハハハハッ! やるではないか小僧!」 目の前にいる傷だらけの男、三十代後半から四十代ぐらいの剣士に向かって、ジーンはそう褒め称えた。 確か光双剣のヴァンドルフと名乗っていた。聞き覚えがある。神剣とか暁の剣聖といった大仰な二つ名を持つ傭兵だ。だがこれほどの腕ならば、大仰な二つ名も納得できよう。 「化け物かっ!」 ヴァンドルフが短く叫びながら、頭に突き刺さった剣を脳に向かって振り切り、心臓に刺さった剣を右腰に向かって振り切った。 凄まじい勢いで、ジーンの中の命が散って逝く。 愉しい。愉悦のひとときだ。 ジーンは感情の赴くままに大剣を振った。 傷は既に治っている。 「これでも死なんのか……凄まじいな」 ヴァンドルフは怯んだかに見えた。しかし―― 「ならば、その治癒が尽きるまで斬り殺し続けてくれよう!」 一瞬で己を鼓舞し、ヴァンドルフは猛然と斬りつけてきた。 命が散って逝く。 楽しい。 これほどまでに楽しい殺し合いは初めてだった。 数百人分の命が散るまで愉しんだ後、ジーンは大剣を振り上げた手に違和感を覚えた。 「そろそろ血が尽きたか?」 ヴァンドルフがニヤリと笑った。 足元にはおびただしいジーンの血が池を作っていた。 「命がいくらあろうと、流れ出た血までは戻せまい。死なない貴様でも力が出なくてはこれ以上は無理だな」 ……負けるのか? このジーン・スレイフ・ステイレスが、百人斬りの鬼人が、風の盗賊が……。 「お前の負けだ」 バカな……馬鹿な……莫迦な……。 「待て! 俺はまだ―― 視界が歪む。 ――夢から覚めるのか 心中の呟きを察したかのように、夢の風景は黒く塗りつぶされていく。 目が覚めた時、ジーンは既に夢の内容を忘れていた。 「夢を見ていたのか? いや、これも夢か? ……わからん」 己の手を見る。 血にまみれたいつもの手だ。血の匂いが意識を覚醒させていく。 ジーンはすっくと立ち上がると、かたわらに置いていた長剣を手に取った。 「あの夢の感覚、ぼやけてはいるが……」 おもむろに剣を抜き放つ。 「どうやら夢の中でも戦っていたらしいな」 血と死の匂いを乗せた風に外套をなびかせ、ジーンは微笑を浮かべた。 |
6日目15文字 |
日記帳は血で貼り付いている…… |
7日目99文字 |
悪夢は覚めず もはや慣れてしまって悪夢にもならず 後は順応して 狂気で満たされた血の海に身を横たえ 全身に狂気を染み込ませよう だが俺は諦めてはいない
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11日目13文字 |
空虚なれど血にまみれた充足 |
16日目708文字 |
悪夢に沈む夢を見る
どこからが夢で どこまでが現実なのか
今流している血は現実なのか 今流させた血は夢なのか
魔剣を失ったのは現実なのか 魔剣を得たのは夢なのか
友を失ったのは現実なのか 友を得たのは夢なのか
もはや もはや
何が 何が
夢なのか 現実なのか
わからない
わからない
ただ
わかるのは
己の中にたぎる血の渇望 己の中に芽生えた暖かな感情
全てを斬り伏せ 友の死を悼み
脳漿をすすり 死に納得できず
死者を最大限に冒涜してやろう 死者を蘇らせてでも友と語りたい
嗚呼……聞こえる 嗚呼……聞こえない
魔人の鼓動が 風の音色が
嗚呼……見える 嗚呼……見えない
死に包まれた楽園が 風にそよぐ青々とした木々が
我は生まれいずる 俺が消えていく
夢の淵よりはい上がる 夢の淵から堕ちてゆく
呼べ、我が名を 呼んでくれ、俺の名を
我の存在を確立するために 俺の存在を繋ぎとめるために
誇り高き魔人の名を 誇り高き勇者の名を
我が名は
俺の名は
another side ≫ van's diary dey.15
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【つぶやき】 ジーン「………………ッ!」 ジーン「なんだ……今のは?」 ジーン「凄まじい怖気だ……まるで俺が俺で無くなるような……」 ジーン「……フッ、悪夢に怯えるか……」 ジーン「惰弱な」 |
17日目262文字 |
光は遠く、闇の中に意識は沈む。 風の音は聞こえず、悲鳴と怒号が旋律を奏でる。 風が運ぶ木々の薫りは血の匂いに掻き消され、 ジーンの意識もまた、掻き消えようとしていた。 魔剣を失い、取り戻した人間らしい感情。 それを、悪夢の中で再び失おうとしている。 夢の中ゆえに、失われた魔剣は失われずに戻ってくる。 失ったがゆえに戻った感情は、戻った魔剣の凶器で失われる。 苦痛と恐怖、焦燥と怯えに苛まれながら、 確かに、 ジーンは、 己の心に魔剣と狂気が戻ってくることを どこか喜んでいた。 |
17日目、戦闘時特殊演出 内なる魔人のささやき「さあ、お前に残された時間は僅かだ……ジーン」 内なる魔人のささやき「お前が次に力尽きた時が、お前がお前でいられる最後の時だ」 内なる魔人のささやき「もう力尽きても良いだろうジーン? 俺に身体を明け渡せ」 内なる魔人のささやき「良いぞ、良いぞ、倒れろ」 内なる魔人のささやき「もう少しだ、力尽きろ……」 ジーン敗北、魔人解放 |
18日目 【つぶやき】 もはや……俺が俺でいられる時は過ぎたか 貴様に残された時間は少ないと言ったろうジーン? 貴様などに意識を乗っ取られるとはな 勘違いをするな。我は俺であり、俺は我である 俺と貴様が同一だとほざくか…… 然り。貴様が魔剣を持ってからの百年、ジーンとは我であった ではこの俺は何だと言うのだ? 幼き頃、魔剣に魅入られる前の少年。殺戮の愉悦を知らぬ頃の俺だ ”俺”とはな……フン、早速俺の真似か いいや違う。我は俺と言ったろう? 我と名乗るも大仰な口調も、俺達は知っているはずだ ……爺様が読んでくれた本に出てくる魔人か 然り。俺達は純真無垢な少年の頃より、悪鬼たる魔人に憧れた そして我は力を得た、命を吸う魔剣という力を…… そして俺は魔人となった。百人斬りの悪鬼、不死の魔人となった…… 不死の魔人ジーン「我が名を唱えよ……我が名は…………」 |
19日目、戦闘時特殊演出 ボル「ジーン! 手前ぇ何してやがる。魔剣ごときに引っ張られるんじゃねえ!」 孤狼「ジーン・スレイフ! 貴様の魔剣はもはやない。貴様は魔人ではない。 スリップ「ジーン、宝玉を集めて俺を生き返らせるんじゃなかったのか? 俺はまだ寝てるよ?」 ボル「おらジーン、手前ぇ早く正気に戻れや!」 孤狼「魔剣に頼った貴様よりも、魔剣を失った貴様の方が強かったぞ」 ほんとに今のジーンが本来のジーンなのかい?」 another side ≫ van's diary day16
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最終回(20日目)...... これは 誰 の夢? 長い 長い 夢の終わり。 もうすぐ 朝 が来る。 さようなら。 いつかまた訪れる 夜 まで・・・ |
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ジーン・スレイフ・ステイレス
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夢の終わり、彼は別の夢を見た。 幼き日に尊敬していた祖父のようになった自分。 立派に、凛々しく、格好良く老いた自分。 それは、剣に映る老いた姿を見ただけで夢だとわかってしまうほど都合の良い夢。 だが、それは叶うことのない、ジーン・スレイフ・ステイレスの本当の夢だったのかも知れない。 夢から覚めれば、またいつもの自分。 百年を生きても老いず、死なず、冷静さの中に狂気をたたえる、いつもの自分。 それはわかっている。 だからこそ、彼はひとときの夢に、感傷を持って浸っていた。 夜が明ける。 |