なんでもレビュー

moon
メーカー:アスキー(開発:ラブデリック) 機種:プレイステーション 点数10
価格:6090円(税込み)
廉価版:2499円(税込み)
ジャンル:RPG 発売日:1997年10月16日

↑2006年3月に閉鎖されました↑

 とても偏屈で、しかし柔らかく、やはり気むずかしく、それでいて暖かい、愛すべき作品。

 このゲームの開発者は言った。
 「これが好きなら、ほんとのRPGファンなんだって。いや、逆かな? 嫌いならかな……」
 私は、このゲームを愛してやまない人間の一人だ。moonを越えるものはmoon以外にありえないと思っている。次回作が出るはずもないのに、ずっと続編を待ち続けている。今回のレビューは、いつもとは背景が違う。moonのゲームジャケットをイメージした絵だ。手描きである。それだけ、気合が入っていると思っていただきたい。

 ジャンルはRPG、当時放送されてたCMのキャッチコピーは「もう、勇者しない」だった。
 主人公は現代日本の、一人の内向的な少年である。
 彼が夜遅くまで“MOON”というRPGをしていると、母親の「ゲームなんかやめて早く寝なさい」という声が聞こえた。
 おとなしくゲームをやめたが、消したはずのゲームの電源が勝手に入る。おかしく思った少年がテレビの前に座ると――
 気づけば少年は見知らぬ世界にいた。いや、見知らぬだけで彼はその世界を知っている。そこは、ついさっきまで彼が遊んでいた、“MOON”の世界だったのだ。
 少年の姿は誰にも見えない。彼が人々の話を聞いていると、聞こえてくるのは勇者の悪評。勇者、彼がプレイしていたMOONでは、勇者は世界を救うために竜を倒しに旅立った英雄だった。街の人々も彼に期待していたはずだった。だがそれは全て、勇者の目――つまりはプレイヤーである彼の目から見た事に過ぎなかったのだ……。

 これが、物語の導入部分。
 このゲームには、決められた道筋というものがほとんど存在しない。大まかな流れくらいはあるが、どんなペースで進もうが、寄り道をしようが、自由である。

 このゲームの特徴は、RPGなのに、一切戦闘が無い事。
 レベルという概念はある。それが、ラブレベルだ。
 この世界には“勇者”が存在するが、それを動かすわけではない。
 プレイヤーは、第三者として“勇者”の行動した後の惨状を見る事となる。
 人の家に上がりこみ、タンスをあさる“勇者”
 街中でも常に鎧兜を身にまとい、帯剣したまま我が物顔で歩く“勇者”
 街の外では、生き物を見かけたらすぐに襲い掛かり、殺してはレベルを上げて喜ぶ“勇者”
 あの「ドラゴンクエスト」から続くRPGの常識に向き合い、疑問を投げかけている(後述するが、解決しているかどうかは別ね)。
 この話題は後に回すとして、レベルの概念について話そう。
 戦闘は勇者の仕事である。主人公は、何かを傷つけてレベルを上げるのではなく、何かを助けてレベルを上げる。それが、ラブレベルなのだ。
 たとえば、この世界に住む動物たちのラブ。勇者に一方的に襲われた動物たちは、そのさまよう魂を助けることで生き返る。その動物のラブを集める。
 たとえば、この世界に住む人たちのラブ。生きる中での様々な悩みや問題に、力を貸す。その人々のラブを集める。
 それらを積み重ねることで、ラブレベルが上がるという仕組みだ。

 このゲームのもう一つの特徴は、時間の経過だろう。
 厳密に24時間というわけではないが、このゲームには時間の経過が存在する。さらに、月曜から日曜まで、曜日の概念がある。
 これにより、「パン屋は毎週土曜の晩に、酒場へ飲みに行く」、「この店が開くのは、何時から」、「日曜日は釣り大会」、「兵士のイビリーは毎週日曜日のこの時間に、エアプレーンを飛ばしている」といった事が起こる。
 これらは全て同時に進行しているので、同じ日曜日に主人公が釣りをしていても、兵士のイビリーはエアプレーンを飛ばしている。
 一週間の間に、moonの世界の各地で、様々なイベントが同時に起こっているのだ――と書くと、moonの世界にそぐわないな……。プレイしていると解るのだが、moon世界の住人はちゃんと生活しているのだ。様々な思いもあるし、悩みもある。しっかりと、moonという限られた世界の中で生きている。
 その生活の中で、主人公はラブを集めるのである。ゲーム的な書き方をすると、登場する全てのキャラクターに最低一つはラブが存在する。
 順番などは決まっていない。
 そりゃあゲームなので「このイベントを起こさないと、ここは進まない」というものはあるが、あくまでも「ある」というだけであって、遊び方を強制されるようなものではない。

 上記の二つの特徴を組み合わせないと説明できなかったので、後に回していたのだが、ここまで読んである疑問を持った方もいるだろう。
 「戦闘が無いのだったら、レベルを上げる必要があるのか?」
 このゲーム中でのレベルは、主人公の体力である。
 主人公は少年だという事を忘れてはいけない。彼は、半日も歩くと、もう疲れて眠たくなるのだ。眠たくなれば、動きは遅くなる。力尽きるまでにベッドに戻らなければ、ゲームオーバーとなる。
 体力は、パンやクッキー、釣った魚などを食べることによって、一時的に回復できるのだが、ココで問題になるのは、「戦闘が無い=金稼ぎがない」である。釣った魚を店に売ることは出来るが、釣竿を買うお金自体が、最初は無い。パンも買えない。主人公を孫だと勘違いしている盲目の老婆が、毎朝焼いてくれるクッキーだけが生命線だ。
 ここでラブレベルが物を言う。
 ラブレベルが上がると、ちょっとだけ、活動できる時間が増える。
 愛に満たされて力が湧き上がったと考えていただきたい。
 ようは、色んな動物や人を助け、体に愛を満たし、主人公は日々歩くのである。
 ちょっと暴走しかけたので、本線に戻そう。
 上の暴走もあながち間違いではない(というか、そのまんまな)のだが、ラブレベルを上げることによって、主人公は半日から一日、二日、一週間と、次第に寝ずに行動できるようになる。こうなってくると、夜の街を散歩できたり、旅行に行ったりできる。そうすることによって、より色々な人々と出会えるし、夜行性の動物などとも出会えるだろう。

 また、斬新なのは、MDである。ミニディスクではない。ムーンディスクだ。
 とある洞窟で(といっても、ダンジョンみたいなのではなく、ただのトンネル)、バーンというギター野郎がいる。
 そいつが、MDを売っているので、そこで購入するのだ。
 好きなMDを買い、プレーヤーに入れることで、いつでも好きな音楽を流しながらゲームができる。
 今までのゲームでは「フィールドの曲」、「町の曲」とかが決まっていたが、このmoonでは、自分で好きな曲をかけれるのだ。まあ、固定の曲もあるのだが、それはそれで面白い。例えば花屋の曲は、花屋が遠いと、自分が選曲したMDにかき消されるくらいの大きさで掛かっているのだが、近づくにつれて音が大きくなっていき、花屋に入ると花屋の曲しか聞こえなくなる。
 このように、街の音楽や、moon世界での自然の音などが混ざって、凄く心地いい世界観をかもし出している。

 ちなみに、MDを売っている“バーン”はフェンダー・ストラトキャスター“リッチーブラックモアモデル”のギターで“ハイウェイスター”の間奏部分をひたすら練習している。…………製作者の趣味がよく解る。というか、moon世界でハイウェイスターが流れた時にゃかなり驚いた。ついでにいうと、兵士のフレディは100%、クイーンの今は亡きヴォーカル、フレディ・マーキュリーがモデルだ。その他にも往年のロックスターを元ネタにした要素が各所にちりばめられている、らしい(流石に全部は解らなかったw)。
 一旦音楽の話にそれたので、そのままそれてみよう。
 このMD、テクノやドラムンベースといったクラブ系、じょんがら節などの三味線、ポップス、JAZZ、なんでもござれの不思議な選曲なのだが、そのセンスが凄まじく良い。メインで音楽を作っているセロニアスモンキーズも、密かにKONAMI社のbeatmaniaIIIで曲を作っているので、ビーマニ好きの私としては「moonのセロニアスがビーマニに!」ってな感じで嬉しい。
 また、同じくビーマニで曲を作っているファイナルオフセット氏や、サントラ以外では「覆面アーティスト」として紹介されていた謎のあすなろボーイズ氏、その正体は、ファイナルファンタジーでおなじみ植松伸夫のユニットなのだ。そんな方々が参加している。しかも、まったく伏せられて(苦笑)
 私が、ここまでこの作品が好きな理由の一つには、やはりこの選曲センスの良さがあるんだろうなぁと思う。

 さてさて、肝心のストーリーなのだが……
 ゲーム画面は絵本調でほのぼのとしているのだが、ストーリー自体は真面目なものである。
 詳しいことを書くとネタバレになってしまうのだが、私は全体的に悲しさと楽しさが同居した雰囲気だと思う。救いはあるが、悲しい。いや、哀しいと書く方が正しい気がする。哀しさと、救いの同居したという感じか。
 自由度は高いし、絵本調でほのぼのとしている。キャラも頭が悪いというか、間が抜けた雰囲気のキャラが多い。
 でも、皆、真面目に生きている。それが哀しいのだ。
 彼らは、いくら頑張って生きて、日々の生活を送って、悩んでいても、ゲームという世界の中で生きている。その中での喜びや楽しみもある。だが、やはり……プレイヤーとしてはそれが解っているだけに哀しいのだ。
 一部のキャラは、自分が何者かによってプログラムされた存在ではないかと気付きかけている。この世界は主人公の少年が遊んでいたゲームの中だし、実際にもゲームである。それでもそこで生きる人々にはMOONの世界こそが自分の生きてきた世界なのだ。
 この幻想的な世界――というよりも、幻想の世界で過ごす時間と、その中で出会う人々、彼らが話す一言一言には大きな意味がこもっている。恐らく制作者はそこまで意図していないというセリフや演出さえも、完成されたゲームの中では彼らの意図を離れて大きな意味を持った。
 ゲームのヒントや演出とは何の関係のないセリフが、深く心に入ってくることさえあった。
 まあそれだけに、ゲームのヒントとなるセリフに気づけない事も多かったのだが。
 一応これからこのゲームをやる人、すでにやっているが詰まっている人のためにヒントを少し。
 重要なキーワードである「扉を開ける」というのは二重三重の意味を持っています。クリア後に考えてみれば四重五重の意味を持っています。そしてもう一つの重要なキーワードは、「ゲームなんかやめて早く寝なさい」。とても居心地のいい哀しい世界にずーっといたいと願ってはいけません。
 かなり見落とされますが、このゲームには二種類のエンディングがあります。もし「え、これがエンディング?」と思ったら、一度ゲームの常識を忘れることをおすすめします。制作者は徹底的にそれを逆手に取ってきますので(笑)

 私はこのソフトを出来るだけ多くの人におすすめしたい。
 この作品は絵の雰囲気のように癒し系というわけではない。ゲームに対する、最大現の愛情と皮肉が混ざっているから。
 でも私は、自分が潰れそうになってた時期に偶然これをプレイして、随分と助けられたし今でも大事に思っている。
 これを書いている時は、初めてプレイして9年近くの時が経っている。
 店頭でもソフトを見かけなくなった。
 それでも、一人でも多くの人に、このゲームをプレイしてほしい。そういう願いで、このレビューを書いています。


 補足ですが、発売当初の「もう勇者しない」というキャッチコピーは、当時中学生だった私には見事に有効でしたが、作品内容と照らし合わせるとあまり適切とは言えません。他のサイトさんでのレビューや考察でも書かれている事ですが、一般的なRPG、特にドラクエなどの勇者とこの作品での勇者はまったく別の存在目的ですから。
 というのは、ドラクエなどでいう勇者は「世界を救うために戦う、戦わざるをえない」という存在です。しかしこの作品の勇者は「世界を救うという考えにとりつかれている」という状態で、作中で提示されるいくつもの物やセリフなどから、彼は善でも悪でもない事が解ります。ネタバレを回避しながら説明するのがかなり難しいなぁ……。とりあえず、キャッチコピーでは従来の「勇者」像に正面から向き合っているように受け取れますが、こちらの勇者さんは立ち位置が違うので正面からは向き合えないのです。
 ま、本来はこんな事を考えずに純粋に作品を楽しんだらいいんですけどね(笑)

 さらに補足ですが、私はサイト移転前にもこのmoonのレビューを書いていました。(注:この補足は↑の本文よりも前に書かれてます。本文は何度か加筆修正をしていますのでw)
 その際、ラブデリックのサイトへリンクを貼ることについての許可を得ようと、ラブデリックへダメ元でメールを送った事があります。まだ高校生だったからというと言い訳臭いけれども、今考えるとアホです。何日も経った後、「やはり企業がいちいちそんなメールに返事をするわけが無い」と思っていたら、丁寧な返事が届きました。
 ちゃんと、向こう側に人がいる。そう思ってとても感動したことを覚えています。

 更なる補足。
 「I kept my promise to you」
 moon発売から数年が経って果たされた「約束」、moonのサントラ「THE SKETCHES OF MOONDAYS 〜WE KEPT OUR PROMISE TO YOU〜」が発売になりました(リンク先は当サイトのレビュー)。
 幸い私は2つ入手する事が可能でしたが、発売に気付かずに入手できなかった人、それを逆手にとって数万のプレミアを付けて売る人などが沢山います。
 現在、ほぼ入手は不可能ですが音源だけならば「olio music MBURRN」でDL販売が行われています。
 全ての音源が揃っているわけではなく、これから追加されたりするそうですが、これもいつ販売終了するか解りませんのでお早めにどうぞ。
 また、このMBURRN、MOONとかつてMOON世界でMDを売っていたバーンを合わせた言葉らしく、あれから10年経ったバーンの姿が見えます。
 これも、moonの本当のエンディングを見た人ならば感慨深いかと思いますので、購入予定が無くとも是非訪れてください。
 現在(2006/10/04)はDISC3のみの販売ですが、これから少し増えるようです。ただし、CDへの書き込みが出来ず、メディアへの転送も3回というプロテクトがかかっているので、恒久的に聞き続けるのは難しいかと……残念です。

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