なんでもレビュー

武装錬金(全10巻)
出版:ジャンプコミックス(集英社) 著:和月伸宏 定価:410円(税込)

 「るろうに剣心」の和月伸宏が描く渾身の少年漫画。

 私立銀成学園高校に通う少年、武藤カズキはある春の夜、廃墟となった工場で怪物に襲われようとしていた少女をかばい、心臓を貫かれて殺されてしまう。
 しかしカズキがかばった少女、津村斗貴子(ツムラ・トキコ)は人を食う怪物"ホムンクルス"を狩る"錬金の戦士"であり、自らを囮にホムンクルスをおびき寄せていただけだった。カズキを巻き込んでしまった斗貴子は、錬金術の粋を結集して作られた"核鉄(かくがね)"という合金をカズキの体内に埋め込むことで心臓の代用とし、カズキは再び命を得る事となる。

 錬金術で作られたホムンクルスは、放っておけばどんどん人を食い続ける。ホムンクルスを倒す方法は一つ、同じ錬金術で作られた"核鉄"を闘争本能と呼応させて生み出す武器、"武装錬金"でホムンクルスの章印を破壊することのみである。
 斗貴子たち錬金の戦士は、世界中に散らばった100個の核鉄の回収と、その核鉄を用いてホムンクルスやそれを生み出す錬金術師を倒す事を任務としている。カズキの住む銀成市に来たのもそのためだった。
 巻き込んでしまったカズキに日常へ帰るように言い残し、独りで戦いに行く斗貴子。他人のため、正義感で恐怖と苦痛を押さえつけて、自ら戦いの世界へ身を投じるカズキ。そして、病弱な自分と自分を拒絶した世界を憎みホムンクルスになろうとする天才、蝶野攻爵。物語はこの3人を主軸に進んでいく。

 ボーイ・ミーツ・ガール物というより、ボーイ・ミーツ・バトルガールと言った方が近いが、バトル要素も恋愛要素もギャグ要素もストーリー要素も全て含めた上で少年漫画として料理しており、まさしく錬金術で作り上げたように見事な調和をみせている。
 カズキは決して強い主人公ではなく、その心は簡単に動揺し、怯え、迷う。だが日常に身を置く妹や友人、仲間となった斗貴子などに心を支えられ、バカ正直で正義感に満ちた人間性を保とうとする。天然ボケ故に誰もが笑うような理想に、大まじめに全力を尽くして手を伸ばす、そんな好漢である。
 決めゼリフが「臓物をブチ撒けろ!」というストイックでスパルタな戦うヒロインである斗貴子、ホムンクルスを目指す宿敵と変態色物キャラとダークヒーローを兼ねる蝶野、そして天然で真っ直ぐバカの正義漢である主人公カズキ。この3人のメインキャラの他、妹のまひろや、カズキと共に4バカと呼ばれる3人の親友、錬金戦団の戦士たちやホムンクルスと化した錬金術師たちなど、様々なキャラが登場するのだが満遍なく"キャラが立っている"のが素晴らしい。

 「剣心」の連載終了後、不遇の時期が続いたのちに描かれた作品だが、残念な事にこの作品もまた打ち切られてしまった。
 しかし、打ち切られる以前より熱心なファンは多く、コミックスは1巻が即完売となったケースが多々見受けられ、私も最初は入手できなかった。コミックの販売数で言えばジャンプの中でもトップクラスに食い込んでいたのだが、本誌でのアンケートが振るわなかった=小学生や腐女子層に受けなかったために打ち切られたのだ。
 作者としては強烈に少年漫画を意識していたのだろうが、微細な心の動きを表現したり、セリフの裏側に本来の意図が隠されていたりと、小学生や、あまり読解力の無い層(および漫画に読解力を使うのを嫌う層)には表面しか読み取って貰えず「面白くない」、「単純」と判断されがちである。
 逆に繰り返し読んだり、じっくりと読み込むような人、マンガに読解力を使うタイプの人ならばかなり面白い作品に仕上がっていると思われる。無論、"少年漫画"が好きであるという前提条件は求められるが。
 言うなれば、小説における「行間を読む」の漫画版「コマ間を読む」事や、一見意味のなさそうなコマの意味、なぜここでこの絵を入れたのか、そういった要素を感じ取れる人ならば、キャラの言うセリフの裏にある気持ちや葛藤などが解り、とても深く楽しめる。
 作者自身が迷い苦しみながらも、読者を楽しませる事に対して一切妥協しなかったがゆえの逸品なのだろう。

 この作品がどれだけファンに愛されていたかというのは、打ち切られたのちの展開を見てもわかる。
 季刊「赤マルジャンプ」にて「武装錬金ファイナル」の掲載、更に次の赤マルにて「武装錬金ピリオド」の掲載、フィギュア「エクセレントモデル『武装錬金』津村斗貴子」の発売、そしてドラマCD「武装錬金」の発売、コミック最終第10巻「ピリオド」に書き下ろし後日談「武装錬金アフター」の掲載、そのアフターをもとにしたドラマCD「武装錬金2」の発売、TV東京系列でアニメ版「武装錬金」の放送開始、原作の設定やストーリー協力に関わった黒崎薫による小説版「武装錬金//」の発売、TVアニメのDVD「武装錬金」の展開など(2006/11/17時点)。
 打ち切りから1年以上が経ってもまだ新たな展開があるというのは、ジャンプの漫画としてはとても異例ではないだろうか?
 特にこのレビューを書いている06年11月現在放送中のアニメ版などは、深夜帯での放送ではあるがゴールデンの時間帯に流している他のジャンプアニメと比べてもクオリティが高く、視聴者からの評価も同じように高い。

 カズキの正しい主人公の資質は、人によっては「うざい偽善者」に映るだろうが、それに対しては作中で偽善ではないのかと悩むカズキに対して投げかけられる言葉、「善でも悪でも最後まで貫き通せた信念に偽りなどは何一つない」を贈ろう。
 時代遅れとさえ思える正義漢は、少年として悩み苦しみながらも、最後まで己の信念を貫き通した。
 作中のキャラクターには、美学とも言えるこだわりや信念を持っている者が多く、それが人間ドラマに深みを持たせている。
 このぶれない一貫性が、作品の中に通った一本の筋となっている。
 一見「王道の少年漫画」かと思いきや、グロくは無いが残酷な描写や、暗い過去、重い現状と未来など、ライトな雰囲気に隠れてヘビーな作品に仕上がっているので、大人の鑑賞にも堪えうる少年漫画である。
 また、演出が神がかっている箇所がいくつも見受けられ、読めば読むほど、漫画家和月伸宏の魂の一筆が注ぎ込まれた作品であるというのもわかるだろう。

 「武装錬金アフター」の最終ページからスタートする小説「武装錬金//」のレビューはこちら

    

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