なんでもレビュー
失はれる物語 |
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出版:角川書店(ハードカバー) | 著:乙一 | 定価:1500円+税 |
乙一、二冊目のハードカバー。傑作選とでも言うべき短編集。 収録短編は6編。 「Calling You」(角川スニーカー文庫「君にしか聞こえない Calling You」表題作) 「失はれる物語」(角川スニーカー文庫「さみしさの周波数」収録作「失はれた物語」改題) 「傷」(角川スニーカー文庫「君にしか聞こえない Calling You」収録作「傷 KIZ/KIDS」改題) 「手を握る泥棒の物語」(角川スニーカー文庫「さみしさの周波数」収録作) 「しあわせは子猫のかたち」(角川スニーカー文庫「失踪HOLIDAY」収録作) 「マリアの指」(書き下ろし) 各短編は、それぞれ収録元の文庫を全てレビューしているのでそちらを参照して頂きたいのだが、「傷」と「手を握る〜」以外は全て私が絶賛しているはずである。その二編以外は、全て表題作として堂々と胸を張れるほどの作品揃い。「傷」と「手を握る〜」も悪い作品などではなく、面白い部類に入る。ただ、他の作品のレベルが高すぎて見劣りするだけだ。 書き下ろしである「マリアの指」はミステリ仕立ての短編なのだが、氏が集英社で発表している作品群のような雰囲気を持っている。 暗く悲しいが、どこかに前向きな、これからも歩んでいくという前向きさが隠し味で入っている、そんな感じ。 この本に収録されている作品は、いわゆるジュニアノベル(ライトノベル)と呼ばれる部類の本として発売されたものから選出されているのだが、この本は普段ジュニアノベルを読まない層に向けて作られている。 乙一氏もあとがきで述べているが、どれだけ小説が好きだという人でも、ジュニアノベルだけは読まないという人がいる。恐らくその人々から見たジュニアノベルは、小説ではないのだろう。だからこそ、この本が作られた。 ジュニアノベルという形式でも発表されたからといって、大人の鑑賞に堪えない作品だというわけではない。 普段そういう類の小説を読まない人にこそ、この本を読んで欲しい。 特に表題作である「失はれる物語」などは、大人にこそ味わえる小説だと思う。 あなたは読んだことがあるだろうか、こんな話を―― 主人公はサラリーマンだ。結婚前は音楽教師をしていた妻を持っている。娘が産まれた頃から、妻とのいさかいが増えていった。ある日、彼は出勤途中に事故に巻き込まれる。妻と産まれたばかりの娘を残して、彼は全身不随になってしまう。身体のどこも動かず、何も見えず、何も聞こえず、声も出せず、触覚さえない。 彼に残されたものは、唯一残っている右腕の触覚、唯一動く右手の人差し指と、家族。 物語は、この状態になってしまった彼の一人称で進んでいく。 喧嘩してばかりだった妻が、彼の右腕の上でピアノ曲を弾く真似をする。彼はその感覚で妻の感情を読み取る。妻は彼の腕に文字をなぞる。男に出来ることは、人差し指を僅かに動かすだけ……。 とても深く悲しい、愛の物語である。 普段はジュニアノベルだからと避けている人も、是非読んで欲しい。これは名著であると断言する。 |