真・なんでもレビュー

さみしさの周波数
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出版:角川スニーカー 著:乙一 定価:457円+税

 「未来予報
あした、晴れればいい。」、「手を握る泥棒の物語」、「フィルムの中の少女」、「失はれた物語」の四篇を収録。

 「未来予報」は、小学生の頃に友人から「お前らいつか結婚するぜ」と予報されたために、ある少女と話せなくなってしまった青年の話。
 乙一にしては珍しく、主人公の年齢が20を越えてます(笑)
 この人は登場人物の等身大の悩みというのを書くのが得意なのか、妙にリアルな心理描写が目立ちます。
 つうか今更ですが、説明書きにくい短編ばかり入ってるのはどういうことですか?(泣)
 主人公の友人は、断片的に未来が見えるという不思議な力を持っている(と自称している)。そんな彼との出会い、少女との出会いから入り、主人公が20になってからのある出来事が語られます。本のタイトルに「さみしさの周波数」とあるとおり、少しさみしいお話です。
 さわやかであり、切なくもあり、さみしくもある。そして少しハートウォーム。ある意味欲張りな作品かもしれません。

 「手を握る泥棒の物語」は手を握る泥棒の話(ぉぃ
 いや、そのままなんだってば。
 売れない時計デザイナーの主人公は、映画撮影を見学するために彼の町へやってきた叔母(金持ち)と娘の案内を命じられる。そこで彼は偶然叔母の鞄に入った金を見つけてしまい、盗むことを決意する。
 これがどうやったらタイトルのようになるのかは、お楽しみ。乙一の空気感は多少控えめなものの、相変わらず読者の予想を裏切るのが好きなようで……。この本の中で唯一、「さみしさ」が無い作品です。
 
(後日注:内山理名の主演でブロードバンド映画化されました)

 「フィルムの中の少女」は、ある女子大生が映研の部室で発見したフィルムと、その中に映っているいないはずの少女の話。
 撮影当時にはいなかったはずの少女が、何故か再生するとひっそりと立っており、再生するたびに段々振り向いてくるという、通常ならホラーになる作品。ところが乙一にかかると、ホラーっぽいけどホラーじゃないです。女性を主人公にしたのもなるほどという感じで、フィルムの中の少女が何を訴えたいのか(ひかえめに)解明しようとします。男が主人公なら怯えるだけで、ただのホラーになるんだよなぁ(苦笑)

 「失はれた物語」は…………かなり意欲的な作品じゃないだろうか。
 主人公は乙一史上最高年齢、おっさんです。いや、それが意欲的なんじゃなくてね。
 主人公は事故にあってしまい、全身不随になってしまいました。視覚も聴覚も触覚も全て失われ、残ったのは、意識と右腕の触覚、後は右の指を少し動かせるだけ。その状態での一人称小説です。デビュー作で死体の一人称などという離れ業をやってくれた乙一だけあって、良い出来です。
 仲の冷めかけた妻や生まれたばかりの子供を置いて、ベッドの上で全てを遮断された主人公の孤独と絶望が痛いくらいに伝わってくる作品。そして、その中での妻の献身と心の交流、それに申し訳なくなる主人公の苦悩。かなり暗い作品ですが、私は好きです。
 
(後日注:非ジュニアノベルの装丁として、ジュニノベを読まない読者層向けに角川書店からハードカバー化されました)

 総合して考えると「普通に面白い」作品がそろっていますが、やはり何度も書くとおり「乙一の空気感」が凄まじく心地良い。そのために、高評価をしてみました。

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