真・なんでもレビュー
きみにしか聞こえない |
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出版:角川スニーカー文庫 | 著:乙一 | 定価:476円+税 |
鬼才なのか天才なのか、はたまた凄い努力家か。乙一の作品。 「Calling You」、「傷 -KIZ/KIDS-」、「華歌」の三篇を収めた短編集。 ちまたでは「切ない系」とかいう不思議な呼ばれ方をする乙一ですが、うん、まあ、確かに間違っちゃいない。切ない系という言葉は好きじゃないし、何か違う気もするけど、人に紹介する時に一番解って貰える呼び名でもある。 「Calling You」は、孤独な少女の物語。 人に話しかけられると、つい身構えてしまう。心の中を見透かされないように、曖昧に笑って相手を失望させてしまう。そのせいで、クラスメイトと打ち解けられない。そんな高校生の話。 彼女は携帯電話に憧れていたが、持ったところで話す相手がいない。だから、頭の中で自分だけの携帯電話を想像していた。その想像はリアルなイメージとなり、本当にあるんじゃないかと錯覚する事もあった。ある日、その携帯電話が鳴った―― まあコレだけ聞くと「デンパな人?」とか思われますな。想像上の携帯電話でお話するなんて言ったら、普通は病院に連れてかれます。でもね、これが良いのよマジで。 乙一のデビュー作の解説で、小野不由美氏が「彼は描写力があると言われているが、観察力があるのだ」と言っている。 確かにそのとおりだと思う。彼が書く人間はリアルなのだ。オフラインでの私を知っている人は「何をほざくか」と思うかも知れないが、この女子高生の話も、他の物語のキャラクターも、彼らの心情に共感できる事が多い。それゆえに、物語に深く入り込んでしまう。特にこの作品だと、三人の登場人物がいるのだが、その誰の行動にも納得でき共感できる。だからこそ、普通以上に面白くなってしまう。 ストーリーの説明は上記の部分以外しない。それ以上は、買って読んでください。このCalling Youは確かに切ない系と呼ばれるに値する話です。凄く、面白い。 「傷 -KIZ/KIDS-」は、傷を移動できる少年の話。 クラスメイトに暴力を働いたせいで、特殊学級に移された少年。そこで彼は、人の傷を自分の身体に移動できる少年と知り合う。 暴力を働いた少年は、父がアル中で母に捨てられ、傷を移せる少年は、母が父を殺してしまった。それぞれ、“家族”という痛みを持っており、それでも少年らしく前向きに生きている。 よく考えたら、先ほどの作品もこちらも“家族”や“学校”という所に悩みや痛みの重点を置いていますね。スニーカーの読者層の視点で、等身大の悩みを持ってきている感じです。先ほどのもこちらのも、実際に自分が置かれてもおかしくない位置に主人公がいるので、やはり物語に深く入り込んでしまうのでしょう。 こちらはストーリーの説明が一切できません。それこそ「読んで」としか言えない。なんというか、ストーリーの概要を書くだけでも読むときのドキドキが減りそうで、勿体無い。 なので、あまり触れませんが、こちらも面白い作品です。 「華歌」は、入院患者と歌をうたう花の話。 時代設定としては、昭和初期か中期くらいなのかな。案外現代かもしれないけど、雰囲気は昭和。電車事故で恋人を亡くしてしまった主人公が、入院している病院の庭で見つけた不思議な花。それは歌をうたう花だった。花の中には、目を閉じた少女の顔があり、彼女が歌う。同室の入院患者二人にバレないようにその花を隠し持つ主人公だったが―― 独特です。乙一オーラというか、彼特有の空気感が抜群に出てます。 最初読み始めた時は、この本に納められている三篇の中で、一番面白くなく、ダルいなぁってなノリで読んでましたが、そこは乙一ですね。ラストを予想できた人が一体何人いるのでしょうか。ミステリやホラーで新進気鋭の作家として注目されている氏の氏たるゆえんというか、ラストへの収束のさせ方が見事。 同室の入院患者との交流も面白く、ゆったりとした空気ながらもスリリング。読む人を選ぶかもしれないけど、私は好きだ。 この本は三篇とも一人称で書かれているが、「傷」の少年が小学生のくせに妙に大人びている事を除けば(これも乙一なりの考えがあって、少年にも大人びた一人称にしているのだが)見事に成功している。三人称では書けない物語だ。書けたとしても、ここまで面白くはならないだろう。また、一人称だからこそ出る、乙一の空気感がとても心地よい。 乙一という名前や、作品の持つ雰囲気から手を出しにくい人もいるだろうが、間違いなく面白いので是非読んで欲しい。友達に借りてでも、立ち読みでもいいから、読んで欲しい。ちなみに、私は友人から借りた後、頼んで売って貰った。 |