なんでもレビュー

TETORA
出版:電撃文庫(メディアワークス) 著:深沢美潮 定価:550円+税

 若者向けファンタジーの定番である深沢美潮の近未来SF短編集。
 表題作「TETORA」を含め、「わたしとロボットとの関係」、「ファントムファーザー」の三編を収録。
 三編に共通して、「主人公が十代の学生」、「このまま時を経たような、近未来の日本らしき舞台」、「片親の不在」という要素がある。
 SF読みに見せると「SFじゃねえ」と言われそうだが、ジュニアノベルとしての完成度は高い。あくまでも若者向けの近未来SFとして読むことを念頭に置いて欲しい。丁度私も、この本を読む前にSFの巨匠フレドリック・ブラウンの短編集を読み、感銘を受けたところだったので、出だしこそ偏屈した見かたで「深沢美潮がSFねぇ」と生意気な事を考えていたのだが、いざ読んでみるととても面白かった。《SF》の名が付いているからといって、必ずしも古典SFや本格SFと同じ見かたをしてはいけないという良い例だと思う。
 なお、読み始めは改行と句読点の量が気になるかもしれないが、読んでいくとどうでも良くなる。作品世界に没頭させる力を持っている小説である。

TETORA
 私は「TVゲーム感覚の小説」を書かせたら深沢美潮の右に出る者はいないと思っている。それは、氏自身がゲームを楽しむ事をよく知っているからだ。
 TETORAはMMORPG(大規模多人数参加型オンラインRPG)をプレイする中学生の話である。
 少年は学校では目立たず、親との会話が少ないためにその事を孤独に感じている。そのためか、彼はオンラインゲーム「TETORA」の中で、「家族」を作ろうとしていた。
 TETORAの中の彼は、高レベルな戦士である。PK(プレイヤーキラー、ようはプログラムではなく人間が動かす人狩り。言ってみれば強盗)をさけ、果敢にダンジョンへ潜って様々なアイテムや金品を持ち帰る。そうして蓄えた財産で、幼い少年少女のデータを購入して自分のキャラの兄弟として設定をしていた。彼は自分でもその行動をママゴトだと自覚している――
 物語は、現実の彼とTETORAの中の彼という「同じだが違う存在」の関わり方と変化をえがく。
 ゲームを楽しむという感覚と、未成熟な若者がゲームにのめり込む危険を両方知っているからこそ書ける作品だ。もしこれをゲームを楽しめない人が書いたら、ただの説教小説にしか料理できなかっただろう。
 また、ゲームと言っても対CPUのRPGではなく、対人間のMMORPGだからこその物語でもある。
 ほんのりと屈折したポジティブさがある、奇妙な読後感だった。

わたしとロボットとの関係
 高校生の少女と、彼女の家にやってきたセラピー用試作ロボットの話。
 あらゆる分野で機械化が進み、高校生のバイトを雇う企業も減ってきている時代なのだが、彼女は研究者でもある従兄弟にモニターなどのバイトを回してもらっている。
 普段はパソコンのプログラムやソフトなのだが、今度回されてきたのは、会話によるセラピー用の試作型ロボットだった。
 外見だけは中性的で美しい人間なのだが、視覚を持たない。会話によるセラピーなので、聴覚はあり、喋ることも出来るし性格もある。30問ほどの設問に解答したデータを入力することにより、その人のその時の状態に合わせた性格に設定されるのだ。
 しかし、データは一週間で初期化されてしまう。それだけで大体どんな雰囲気の話なのかは想像できると思う。
 少女とロボットの交流を描いた、センチメンタルだがハートウォーミングなお話。

ファントムファーザー
 母子家庭に育った高校生舜一とその友人三上は、ある日舜一とそっくりの男性と出会う。舜一の母は優しく、女手一つで彼を育ててくれていたが、父親についてはどうしても教えてくれなかった。舜一は、その男性が父親ではないかと思い――
 キャラの設定と物語の深みが見事に融合している。
 文字で明確に書かない部分で、読者に心情や設定を想像させ、それを上手いこと物語に反映させているのだ。
 三作の短編の中で唯一、主人公に親友がいる作品なのだが、それだけに人間関係に関連する設定が生き生きとしていて、読んでいて気持ちが良い。
 テーマも三作の中で一番重く、またSFらしいといった感じだ。SF的な部分が現実の発展型であるため、リアリティーもある。

 三作ともに、希望のある――言い換えれば未来のある状態で物語を終わるように調整されているように感じる。
 また、共通して、寂しさと爽やかさが同居したような不思議な感覚を持っている。
 女性ならではの視点と柔らかさ、優しさを持った、良作短編であると言えるだろう。

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