なんでもレビュー

西の魔女が死んだ

出版:新潮文庫 著:梨木香歩 文庫版:420円
単行本版:1229円

 ジャンル分けをするならば、ローファンタジーのエブリデイマジックに位置する。童話と言うには対象年齢が数年上だと感じた。
 表題作と、その作品のキャラクターの登場する独立短編の計2本が収録されている。

「西の魔女が死んだ。四時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。」
 という印象的な一文から始まる物語。
 別作者の別作品である「西の善き魔女」というものを知っていたせいで、てっきりハイファンタジー(簡単に言うと異世界型のファンタジー)だとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。

 主人公は中学3年生の少女、まい。物語は彼女が中1だった頃、彼女が登校拒否をしていた頃を主軸として進行する。
 登校拒否をしていた彼女は、田舎の祖母の家に預けられる事となる。
 祖母の家は自然に包まれており、そこで暮らし始めたまいは、農作業やジャム作りといった都会では触れることのない時間を過ごしていく。
 ある日、祖母は自分は魔女なのだとまいに打ち明ける。海外から移住してきた自分は、元々魔女の家系なのだと。
 ここで注釈を入れておくと、ここでいう魔女は物語に見られるような大仰なものではなく、今も末裔が残る実在のシャーマン的な魔女の事である。つまり、自然を利用する事に長け、知識と知恵を持った「薬剤師+医者+預言者+ひょっとすると魔法を使えるかもしれない」といったもの(作中での明記はないが、描写を見ると間違いない。はず)。
 まいは自分も魔女になりたい(超能力を使ってみたい)と、魔女修行を願い出る。そんなまいに祖母は、まずは基礎トレーニングをしなければいけないと言う。曰く「スポーツをするのに体力が必要なように、魔法や奇跡を起こすのにも精神力が必要です。腕の力が全くなくては、ラケットやバットは振れないでしょう」、「おばあちゃんの言う精神力っていうのは、正しい方向をきちんとキャッチするアンテナをしっかりと立てて、身体と心がそれをしっかり受け止めるって感じですね」。つまりスポーツ選手が体を鍛えて、基礎体力をつけてから本格的な練習をするのと同じで、魔女は心を鍛えて、基礎精神力をつけてから本格的な修行をしましょうという事だ。
 さて、どうやって鍛えるというのか。まいも祖母に瞑想でもするのかと問いかける。それに対する祖母の答えはこうです「まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」。なるほど確かに健全な精神が鍛えられそうだ。
 魔女に一番大切な事、それは「自分で決める」ことだと祖母は言う。都会での生活、周囲に流されなければ辛いだけの中学校、その中で育ち暮らすうちに病んでしまった「健全な心」を回復させ、再び病まないためには、精神力をつけ、自分で決め、それをやりとおすという、いわば「自分を持ち、揺るがない」という大業をしなければいけない。まあその上でただの頑固・自分勝手になってはいけないので、人を思いやる優しさと柔軟性も兼ね備えなければいけないのだが。
 物語の結末は、あえて伏せるまでもないだろう。タイトルと書き出しで既に想像はつく。西の魔女、つまり祖母の死をまいは学校で聞いているのだから。だがそれは問題ではない。そういった結果ではなく、なぜそこに至ったのか、それからどうなっていくのかを楽しんでもらうのが本質なのだから。

 過去、具体的に言うと自然と暮らしていた時代への礼賛と、物質社会になった現代への問題提起的な要素が多分に含まれている物語だが、説教くさくはない。作者の代弁者である西の魔女ことおばあちゃんの人柄のせいか、とても柔らかに説教されるので、気にはならないだろう――と言っても、これは私が共感できるからであって、別意見の人からすれば「ありふれた説教臭い小説」とばっさり切られてしまうだろうが。つまりはそう言われる部分を持った小説なのだ。
 先ほど「本質」という言葉を使ったが、あれはあくまでも「西の魔女が死んだ」だけではなく、他の作品も含めたもので書いた。では「西の魔女が死んだ」という作品の本質はどこにあるのか。それは、自分で決める事の大切さ、決めたことをやり通す大切さ、それでいて気遣いを忘れない大切さ、そういうものを読み取って、心の中に根ざし、変わって行って貰いたいという作者の願いではないだろうか。
 同作者の「裏庭」と精神的な部分で被る箇所も多いが、それこそが作者自身のテーマであり訴えかけていきたいものなのだろう。

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