なんでもレビュー

童話物語
〈上〉大きなお話の始まり(文庫版)
〈下〉大きなお話の終わり(文庫版)
童話物語(単行本)

出版:幻冬舎 著:向山貴彦&宮山香里(絵) 定価:上巻680円
下巻800円
単行本2100円

 あまりにも見事なハイ・ファンタジー作品。
 日本人でこんなファンタジーが書けるのかと感心したのは随分と久しぶりだった。
 世界の構築が巧みで、イラスト担当と文章担当が共同で作り上げた事が大きく成功しているように思う。

 主人公は不幸と貧困に押しつぶされている少女ペチカ。
 この少女、とにかく酷い。
 両親もなく、村はずれのあばら屋に一人で住んでいる。彼女は教会で雑用をする事で食いつないでいたが、周囲には誰も助けてくれる者がなく、逆に虐げられていた。
 普通ならば、それでも負けずに必死で頑張る純真な少女――となるのだろうが、ちょっと違う。夢物語ではなく、その辺り彼女はシビアなのだ。何せ彼女はいつ死んでもおかしくない生活を送っている。パンも買えずに牛乳スープの粉が切れる事を恐れて日々生きている。飢えた仔猫がよってきても可愛がりはしない、食べ物を奪われると思って追い返し、しまいには蹴ってしまうほどだ。
 実を言うと私はこの辺りで一度読むのを挫折した。私が猫好きだからというのを差し置いても、仔猫相手に本気で憎む少女があまりにも感情移入できない、というよりも、悲惨すぎて感情移入をしたくないと思ってしまったからだ。もっと単純に言うと、気分が悪くなったわけだ。周囲にいい大人も仲の良い友達も誰もいず、主人公さえギスギスしている。タイトルから連想される柔らかな世界とは縁遠い物語だった。
 放置する事半年以上、ひょんな事から再び読んでみると、以前私が読むのを止めた60〜70Pぐらいを乗り切ったら話が転がりだし、とても面白くなってきた。
 気づけば二日で上下巻、原稿用紙にして2500枚を読破していた。
 だから最初にあえて言う、始めの救いようのない状態さえ乗り切れば、かなり面白い。ファンタジー物、とくにハイ・ファンタジーを好む人には是非一度読んで欲しい作品だといえる。

 さて、先述の通り主人公ペチカは町中の人に嫌われており、町はずれのあばら屋でいつ死ぬとも解らない一人暮らしをしている。この虐げられている理由が作中では具体的には一切書かれていない。なので、こんな少女一人をなんで町中で嫌ってるんだと気分悪くなる事うけあいだ。一応複線的に語られているのだが、よほど読解力がない限りは、文庫版の上巻に付いている資料集を読むか何度も読み直すかしなければまず解らないだろう。
 その「彼女が虐げられる理由」が世界観の説明にも関わるので、その辺りも含めて作中で重要な部分だけ世界観の説明をしたい。
 まず、宗教は「三天信仰」というのが作中で出てくる唯一のものだ。三天とはすなわち太陽・月・星。これらを信仰するという事なのだが、キリスト教や仏教と同じように、宗派がある。三天派、太陽派、月派、星派の四つだ。
 舞台となるクローシャ大陸は東西南北四つの地方に分けられ、ペチカが育った町トリニティは南クローシャとなるのだが、南クローシャは太陽派と月派が信仰されている。しかし派閥の対立から文明は衰退し、今では寒く厳しい、さびれた地方となっている。
 書き出し文でペチカの母が彼女に話してくれる「妖精の日」のおとぎ話、その際に母は月の神の名を出した。しかしペチカが住むトリニティの町の教会は、「太陽の神が描かれたきれいなガラス天井の礼拝堂は、トリニティーの町の人々の唯一の自慢である」と書かれている事から太陽派の町なのだと解る。そして資料集によると、南クローシャは派閥の対立が酷かったとある。南クローシャにある三天信仰の派閥は太陽と月、つまり町の人々とペチカだ。恐らくはこれがペチカの虐げられる理由だろう。町の説明としては閉鎖的で貧しく、古風な太陽信仰が主流と書かれているので、言わば異教徒のようなペチカに優しくしてやる道理など無いというのが町の人々のスタンスでは無いだろうか。
 まあこんな資料集を見ないと理解できないような事態を序盤に持ってくるのならば、もうちょっと三天信仰のお話が欲しかったが……(書き出しと序盤で説明されるのは後述する妖精の話だけ。ペチカの母が月派だろうと推測するキーワードはもっと後にちょこちょこと出て、トリニティーが太陽派だとほぼ確定できる文章は終盤になってから出る)。
 そして、この物語にはもう一つ重要なキーワードがある。それが妖精だ。
 この世界に置いて妖精は忌み嫌われ、畏れられている。妖精は疫病をもたらす、「妖精の日」には世界が滅ぶ、そんな言い伝えばかりだった。
 書き出し文であるペチカの母が語る「妖精の日」のお話は、作中で畏れられる妖精と少し違った印象を受けるので、恐らく宗派によって伝わり方が違うのだろう。
 「妖精の日」伝説の基本は、妖精が金の雨を降らせて世界を終わらせるというものだが、(たぶん)月派に伝えられているのは童話のようなものだ。冒頭に書いてあるので、これを抜粋をまじえて簡単に書こう。
 妖精の国は、はるか空の上に浮かぶ大きなシャボン玉のようなものの中にあり、その中では病気も死もない。ある日、一匹の妖精が月の神の目を盗んでシャボン玉の外に出てしまい、地上を見つける。妖精は地上の美しさに感動して思わずそこへ降りてしまった。すると妖精の羽が取れて体が二つに裂け、別々の生き物になってしまった。それを知った月の神は激怒し二匹を消そうとしたが二匹はお互いをかばい合い、相手の代わりに自分を殺してくれと懇願する。月の神は二匹の間に今まで見た事のない強く美しい光を見る。月の神はその光を見て二匹を「一人一人の永遠の命は失われても、これからはその子、またその子を通して永遠の命を持つがよい」と許し、こう続けた「しかし、覚えておくのだ。羽のない妖精よ。いつかお前たちがその光を失った時、私は天から無数の妖精を遣わし、その歌声で金色の雨を降らせて、お前たちを消し去るであろう」。最後に月の神は二匹のうち力のある方を「男」、頭の良い方を「女」、二人の間の光を「愛」と呼んだ。
 ペチカの母は、「妖精の日」の金色の雨にうたれても死なないのは、優しい心を持った人間だけだと教えるのだが、どうもトリニティーの人々(太陽派)は妖精は疫病をもたらして人々を殺すと考えているようだ。

 さて、本編では少女ペチカの前に妖精フィッツが現れる。
 しかし村人から数年にわたって虐げられ、完全に屈折してしまったペチカがそうそう簡単に目を輝かせて「妖精さん?」などと言うはずもなく、逆にフィッツを殺そうとさえする。実はこの辺りも以前私が読むのを中断した理由の一つだったりする。前述の宗教的な問題など初めて読んだときには考えもしなかったので、ただ酷い大人と酷い子供と酷い主人公が送る、酷いお話だなぁと思ってしまったのだ(苦笑)
 そう、思い起こせば起こすほど、初期のペチカには魅力がないのだ。
 自分が嫌いで、周りはもっと嫌い。誰も信じられず、誰も受け入れようとしない。他人はみんな自分を騙そうとしており、世の中には善人なんて存在しない。そう信じ込んでいる。そんな少女が延々と(死んだ母以外の)全てを恨みながら進んでいく物語を読みたいだろうか?
 だがこう考えてみてはどうだろう。たいていの物語には主人公の成長というものがからみ、それが大きなおもしろさを産む。このペチカは言ってはなんだが、どん底もどん底な主人公だ。いくらなんでもそれはないと思うほど酷い。だからこそ、成長の余地が広大なまでに開けている。そしてこの物語の中で彼女は成長する。色々なものを傷つけ、傷つけられながら彼女は成長していくのだ。そう思えば、このどん底からのスタートも悪くはない。
 この物語は、ファンタジーとしての面白さもあるが、それ以上にペチカの成長を楽しむ物語だと私は思う。
 重要な登場人物として、日々生き延びようとする少女ペチカ、彼女に恨みを持ち追い続ける守頭、人間を観察しにおりてきた妖精のフィッツ、ペチカをいじめた事に後悔している少年ルージャンの四人がいる。
 妖精フィッツといるところを見られたペチカは、伝染病をうつすと思われ町を追われる。守頭はひょんな事からペチカを激しく恨み、彼女を殺そうと追いかける。ルージャンは悲惨なペチカを見て、ただ一言謝りたいと彼女を追う。作中で物語が進むうちに一年という時間が経つ事になるのだが、子供にとっての一年がどれほど長く、成長の機会に富んだものかというのがありありと描かれている。
 序盤の終わり頃からは、盲目で喋れないのに一人と一匹で旅を続ける老婆や、火の精霊ヴォーなど次第に魅力的なキャラクターが増え、ペチカとフィッツ、ルージャンなどは彼らとの出会いによって次第に変化していく。様々な出会いや事件、そして恐ろしい力を持つ炎水晶の存在――序盤の沈鬱な雰囲気は作中で読者に与えられる世界が広がるたびに薄れていき、どんどんと魅力的になってくる。

 これはちょっとなぁと思ったのは点は五つ。
 一つ目は、距離感がわかりにくいこと。案外キャラクターの移動速度が速いように感じる。巻頭にクローシャ大陸の地図があるのだが、移動速度を考えるとせいぜい日本の本州ぐらいしかないような気がする。その辺りは処女作故の見落としかなぁと思いながらも、他の所の完成度が高いぶんやはり気になる。
 二つ目は、さんざん書いてあるけど、序盤でペチカとその周囲があまりにも酷いこと。ペチカが屈折しきった人間になったのは町の人々からの虐待だというのは容易に解るんだけれども、じゃあなぜ町の人々が虐げたのかという説明がゼロなので、とても胸くそが悪くなる。虐げた理由はどうも先述の宗教問題だけだと思うのだが……。多分教会で嫌われているからこそ、古風な太陽信仰をする町の人々は余計にペチカを嫌ったんだと勝手に想像して、胸くその悪さを少し抑制。
 三つ目は、悪役の動機づけが甘い点。ちょっと説明というか描写不足かな。まあそれでも許容範囲ではあるし、想像で「こういうことかなぁ」と思えるので、ありか。
 四つ目は、追う者であり悪役でもある守頭が最初から最後までリミッターの外れたバイオレンスな人物だったということ。常識も良識も理性さえもないような人物なうえに、本当に人間かと疑いたくなるぐらい化け物じみた強さなのだ。ひとことで言うならバーサーカー。ある意味ではホラー映画に出てきそうな人。すでに狂人の域まで達してます。
 五つ目は、ちょっとなぁと思っただけで悪いとは言いませんが、挿絵。絵本というか、本当に童話のようなふわっとしたタッチで描かれたイラストが、結構な数収録されている。街がイラストで紹介されているのは情景を想像するのに大いに役立っているのだけど、巻頭のカラーページイラストでその巻の重要なシーンを何点も描いているため、へたに見るとネタバレしてしまう。これは頂けなかった。その他のイラストは良いんだけどね。
 そんな感じで、序盤の沈鬱っぷりと守頭のぶっ飛びかたに耐えれたら、かなり面白いのは間違いない。エンデの「果てしない物語」やルイスの「ナルニア国ものがたり」とは違って小さいお子さんには読めないだろうが、中学生くらいになるといけるかな?
 話の構想は随分と大きいようで、十巻にわたる物語の五巻と六巻にあたるお話がコレだと書かれているが、恐らく他の話は出ないだろう。他の話も書けるように作者とイラストの人(両者とも「スタジオエトセトラ」というクリエイター集団の所属)で共作して世界を構築したんだと思うが……。この辺り、私事だが私も拙作「TheAraniaStory」で似たような試みをしているので、何となく作者の気持ちがわかったような気になっている。
 一度読むのを中断した手前、手放しでおすすめする事は出来ないが、ここを読んだ方ならばペチカが虐げられる理由も解っただろうから、私のような不可解な胸くその悪さはないだろう。なので、やっぱり手放しでおすすめしておこう。おすすめです。

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