なんでもレビュー

LEGEND OF BLUE PALADIN 青の聖騎士伝説
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出版:メディアワークス(ハードカバー) 著:深沢美潮 定価:1800円+税


 若年層向けファンタジーの第一人者、深沢美潮のハードカバーでのファンタジー作品。
 後に《青の聖騎士》と呼ばれる事になる剣士クレイ・ジュダ・アンダーソンの旅をえがく。

 深沢美潮が普段書く小説は、小説を読んだことのない人でも楽しく読めるような、解りやすく読みやすいファンタジーである。私が小説を読み始める切っ掛けとなったのも、この人の「フォーチュン・クエスト」という作品を姉から貰ったからだ。
 いわゆるジュニアノベル(ライトノベル)と呼ばれる種類の小説で、現在日本で発売されている国産ファンタジーの9割はジュニアノベルであると言っても、あながち間違いとは思えない。その名の通り子供でも読めるという小説なのだが、近年はジュニアノベルを読んで育った年代が成人し、それでもまだ読み続けているためかライトノベルと呼ばれることが多い。この作者はジュニアノベル創世記からファンタジーを書き続けている一人だ。それを念頭に置いて、今回のレビューを書いていこう。

 本書は先述の通り、クレイ・ジュダ・アンダーソンなる剣士の冒険譚である。三作の短編から成っており、それぞれ「サラスの章」、「ランドの章」、「ミルダの章」と名前が付けられている。
 「サラスの章」は、クレイ・ジュダが立ち寄った酒場で、偶然伝説の名剣シドの事を歌う詩人と出会い、彼の夢に出てきたというサラスの沼へおもむくという話。
 「ランドの章」は、密書を届けるクレイとそれを追う暗殺者ランドの話。
 この二編は、著者の他の作品を読んでいないと意味が分からず、煮え切らないまま終わるだけの話になってしまう。
 深沢美潮の代表作である「フォーチュン・クエスト」では、クレイ・ジュダ・アンダーソンの曾孫、クレイ・S・アンダーソンという人物が幼馴染みのトラップと修行の旅に出、その途中で主人公パステル達に出会ってパーティーを組むという顛末がある。
 また、氏のもう一つの代表作「デュアン・サーク」は「フォーチュン・クエスト」の時代ではクレイ・ジュダとならんで高名な勇者デュアンの成長をえがくという話なのだが、そこでも未熟でひ弱なデュアンを偶然助けるという役どころでクレイ・ジュダとランドが出てくる。特に「ランドの章」での密書を持って行く先や、ランドにクレイの暗殺を依頼した人物などは、「デュアン・サーク 5・銀ねず城の黒騎士団(上)」と密接に関わってくる。これを読んでいないと面白さが違ってくる――というよりも、何が面白いのかまず解らない。
 つまるところは、フォーチュン・クエストとデュアン・サークを読んでいない場合は、この二編の面白さがあまり解らないのだが、読んでいるとどうだろうか?
 実は読んでいると意外性がゼロだったりする。
 なぜなら、フォーチュン・クエストでは青の聖騎士クレイ・ジュダはシドの剣という名剣を持っていたと記載されており、デュアン・サークではクレイ・ジュダと暗殺者であるはずのランドがセットで登場するからだ。もうおわかりだろう、クレイ・ジュダ=シドの剣なのに「シドの剣を探す話」を読み、クレイ・ジュダ&ランドというコンビを知っているのに「クレイと彼を追う暗殺者ランド」の話を読むことになる。このレビューを読んでいて、フォーチュン・クエストもデュアン・サークもまだ読んでいないという人からすれば「お前、なに書いてくれてんねんコラ!」となるだろうが、私はあえて書いている事を明記しておく。この二編はフォーチュン・クエストとデュアン・サークの補完本、副読本、サイドストーリー、そういう位置づけで読んで欲しいからだ。
 では残る一編、「ミルダの章」はどうなのだろうか?
 ミルダの章は、檸檬亭の女主人ミルダがかつて愛した若い剣士の回想話。若く貧しいミルダが、傷つき倒れたクレイ・ジュダを助ける事から始まる物語。
 三編の中では一番文章量があり、物語としての面白さも完成度も高い。ファンタジー短編らしい短編といった感じだ。

 ページでいうと、「サラスの章」が42ページ、「ランドの章」が30ページ、「ミルダの章」が108ページと、かなり枚数にばらつきがある。
 ただし、注意して欲しいのは、文章体裁はジュニアノベルの文庫本と同じであるということ。
 42文字x17行といった文量で、改行も頻繁に行われたうえでの193ページ、1800円。これは割に合っているのだろうか?
 文体はジュニアノベルをちょっと大人ぶった書き方をしてみたという感じで、残念だがお世辞にも上手いとは言えない。
 どうもおかしいと思って調べてみたら興味深い事が解った。巻末に初出一覧があり、サラスの章・電撃hp vol.12、ランドの章・魔法の王国、ミルダの章・電撃hp vol.13〜14と書いてあったが、電撃hpのvol.12は01年6月18日発売と書いてある。魔法の王国は平成8年と書いてあるから、98年だろう。電撃hpの13と14は01年の8月18日と10月18日に発売されている。しかし、著者の作品リストを見ると、92年発売の「フォーチュン・クエスト モンスターポケットミニ図鑑」にサラスの章収録と書いてある。また、94年の月刊ログアウトに「ランドの章」の文字もある。元々の発表は随分と古いようだ。恐らく電撃hpに載せた際には加筆修正をしたはずだが、えてして過去作品の加筆修正は過去に引きずられる。著者の迷いが作品にも現れているのだろう。

 この本を、「一つの作品」として見ると、完成品とは言いがたいクオリティである。
 世界の説明は少ないのに、フォーチュン・クエストやデュアン・サークなどの設定は出てくるし、それらの話のあらすじも出てくる。
 また、既存の言語が頻出するのも頂けない。フォーチュン・クエストなどでは、我々が日常的に使う言葉が同じように出てくることで読みやすさと親しみやすさを出しているのだが、それらのシリーズの名を冠さないハードカバー装丁である以上、日本語で書く以上は、「アイテム」「パニック」「モンスター」等という英語を安易に交ぜるべきではないと私は考えている。なぜなら、深沢美潮を知らない一ファンタジーファンが手に取る事が予想されるからだ。異世界を日本語で表現する限り、そこに(日本語で言い換えが安易な)英語が混ざることは現実に引き戻すことになりかねない。
 文量としても一冊の薄い文庫本に入る程度なのに、文体までジュニアノベルの癖を引きずっていては、背伸びしたジュニアノベルにしかならない。
 素材は良いのだが、やはり惜しい。
 ただし、この本を「デュアンやフォーチュンのサイドストーリー」として読むと、面白い作品だということは保証する。
 なお読む前にデュアン・サークの5〜6巻「銀ねず城の黒騎士団」と7〜8巻「氷雪のオパール」を読んでいないと、本書が理解できず、またデュアンのネタバレにもなるので注意して欲しい。時系列は、サラスの章→ランドの章→デュアン5〜8→ミルダの章→デュアン・サークIIとなる。


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