少年は月の夢を見る

 暗い暗い夜の道。
 寒い寒い冬の道。
 少年はひとり、歩いていた。
 風が少年を追いかけ、追いこしてゆく。
 目に見えぬ風の痕跡を示す物は何もない。
 木の葉はすでに大地に還り、落ち葉は燃やされ土へ返った。
 目に見えぬ風の痕跡を示す者はいる。
 今、風に追い抜かされた、少年だ。
 その幼い髪が前へと乱れ、その小さな服がなびいたことだけが、風の存在を認めていた。
 少年の歩く道は狭く、少年には広い。
 年老いた板塀は心もとなく、彼には高くそびえ立っている。
 その小さな足はせっせと前へくり出され、少年は精一杯歩いていた。
 彼は、怯えていた。
 何かが後からついてくる。
 誰かが後から追ってくる。
 少年は歩く。
 走れば何かが起こりそうで、少年は歩く。
 少年は振り返らない。
 振り返れば何かが終わりそうで、少年は振り返らない。
 だけど、怖い。
 でも、走らず、振り返らない。
 歩幅を大きくとり、一歩一歩進んでゆく。
 古い民家の垣根を過ぎる。
 右手に握りしめた青いガラス玉を、強く、握る。
 空き地へ掛かる。
 ここを過ぎれば家だ。少年は走り出そうとした。
 走るな!
 少年は自分にそう言い聞かせた。走れば何かの罠に掛かりそうな気がした。
 空き地を過ぎた。
 家の門柱が見える。
 家についた、帰って来た、そう安堵し、少年は立ち止まった。
 右手に握ったガラス玉を確認して少年は目をつむった。
 右手に力を込め、目を閉じたまま背後を振り返る。
 大丈夫、自分にそう言い聞かせて、少年は目を開けた。
 勇気を振り絞って、目を開けた。
 柔らかな、光。
 黄色い、月。
 追ってきた者は天にいた。
 そこで、暖かく、ほんのりと輝いていた。
 少年は笑顔を浮かべると、玄関の戸を開いた。
 彼は、月の夢を見た。