ミケは黒猫である。
黒猫だが、ミケである。
ミケがこの世に生を受けたのは、今から三年ほど前になる。
三年前、ミケは捨て猫だった。今は拾われ猫をしている。
ミケが拾われたのは、ある雨の日ではなく、電柱の下のダンボールでもない。
捨てられた朝、鳴いても誰も来ないので、ミケは町をさまよった。お腹がすいたので、ごはんを拝借しようと、目に付いた家に忍び込んでみた。
ミケは、ちゃぶ台に置かれた味噌汁をぴちゃりとなめ、飛び上がった。熱くて熱くて、でもお腹がすいて、困りきった所に、老婦人があらわれた。老婦人は、ミケを怒るでもなく、ゆったりとミルクを差し出してくれた。
それ以来、ミケは老婦人の拾われ猫をしているのだ。
ミケは、飼われているとは思っていなかった。ミケは、老婦人に何かしてあげようと考えた。でも何も思いつかなかった。思いつかないまま、二年とちょっとが経ってから、またちょっと経ったある日、ミケはついに思いついた。老婦人は、月末になるといつもため息をついていた。それをどうにかしようと思ったのだ。
ミケは、ため息の理由を探ろうと、老婦人の膝の上に陣取った。
老婦人は、沢山の線と数字が書かれたノートに数字を書き込み、最後に赤ペンに持ち替えた。老婦人のため息は、どうやら赤字とかいうのが原因らしかった。でもミケには、赤字が何か解らなかった。ミケは、赤字とかいうのを理解しようと、とにかく老婦人に後をついてまわった。
老婦人は、タバコ屋というのを毎日開いている。ミケは、老婦人を観察するため、毎日カウンターに陣取った。何故か子供が寄って来るようになったが、理由は解らなかった。
週末になると必ずやって来る男がいた。男は、いつも珍しいタバコを頼むらしい。
男のタバコを探すために、老婦人は毎回カウンターの奥に引っ込む。すると男は、他の客が持って来たお金を、老婦人の席から抜き取る。それも必ず、毎回である。
男が来た夜、老婦人は不思議な顔をして、計算が合わないと言う。ミケには計算というのが何なのか解らないが、なんとなく男が気に入らなかった。
次の週末、また男が来た。老婦人が引っ込み、男が手を伸ばした瞬間、ミケは男の手を叩いた。肉球のせいで威力はなかった。男がさらに手を伸ばそうとしたので、ミケはまた叩いた。それでも手を伸ばそうとしたので、ミケは思いっきり引っかいた。男は怒って、ミケを殴ろうとした。ミケは避けようとして、男の顔にへばりついた。滑り落ちそうになったので、爪を立てた。男は叫び声をあげて帰っていき、次の週末からは店に来なくなった。
その月末、老婦人は赤字が無くなったと喜んでいた。でも、ミケには結局赤字が何なのか解らなかった。
だからミケは、何ヶ月か経った今も、カウンターに陣取っている。
のんびりと、しっぽを揺らしながら。
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