第4期ALIVE最終回1
ジーン・スレイフ・ステイレスのエンディング

元ネタ提供という事で、最終回だけは私Crymsonが担当しました。
時間の流れとしてはジーンED→ボルEDになるようになっています。
 青い外套に身を包み、ジーン・スレイフ・ステイレスが敵を待つ。
 焦茶色の鎧套に身を包み、ボルテクス・ブラックモアが剣を抜く。
「最後の勝負だな」
「前哨戦とさせて貰う……」
 ジーンは右手で真狼牙を抜いた。
 使い続けてきた呪われた大剣は失われて久しい。深手で思い通りに動かない体、慣れない片手剣、そのような状態でこの島を生き抜いてきた。全てはあの男、ヴァンドルフ・デュッセルライトを倒すため。
 最初はただの復讐心だった。百七年の人生で初めての敗北を味わわせてくれた男への、強烈な復讐心。奴を倒さなければ、自らの誇りが折れたままとなる、そう考えていた。目の前に立ち塞がったボルテクスも、ジーンがまだ復讐心を煮えたぎらせていると思っているだろう。だが、違う。
 ジーンは今の自分を楽しんでいた。仏頂面で、常に不機嫌そうに周囲を睨みながらも、自分でさえ気付きにくいような心の底では境遇を楽しんでいたのだ。

 今より丁度百年前、おとぎ話が好きだった祖父から受け継いだ魔剣。誰も鞘から抜けなかった魔剣を抜いた時より、彼はだんだんと生と死が曖昧になってしまった。
 名を忘れられた英雄が使ったとされる魔剣は、命を吸う剣だった。使い手の命や斬られた相手の命を吸い続けた剣は、ジーンの運命を変えた。
 名のある盗賊の一族の嫡男として生まれたジーンだったが、優しく臆病な気性から親に捨てられ、引退した祖父の元で育ってきた。そんな彼が一族に伝わった魔剣を抜いた事により、再び親に認められたのだ。だが盗賊である親に認められたという事は、様々な悪事に手を染めなければいけないという事でもあった。
 折しも時は大戦期へと突入していた。ジーンらは国雇いの盗賊団として、敵国への潜入や治安の悪化工作、暗殺などを引き受けさせられた。魔剣を手にしたジーンは、嫌々ながらも人を斬り続け、次第に感情を凍らせていった。
 そんなある日、命を吸う黒い大剣に異常が起きる。余りにも命を吸いすぎたせいか、その性質が変化したのだ。
 斬れば斬るほど、斬った相手の命を吸い、使い手の命へ逆流させる。それはつまり、不老不死となれる剣だった。その事実を知った父親は、ジーンが寝ている間に魔剣を奪おうとして、魔剣に命を吸い尽くされた。
 絶望したジーンは、祖父を除く一族を皆殺しにして姿を消す。現在のジーンの性格はこの時に完成された。
 それ以後十年以上も旅を続けたが、ジーンは一向に年を重ねる様子がなかった。ほとんど毎日敵を探しては殺していたため、他人の命を吸いすぎたのだ。十代半ばの姿のままで三十歳となった頃になってようやく、ジーンは人を殺す事を控えるようになった。その頃に知り合ったのが、スリップ・スラップだった。
 何人かの仲間を得た彼は極力魔剣を使わず、気にくわない相手以外は殺さないという生活を三年ほど続けていた。しかし、ある遺跡でスリップが死亡してしまう。それからも一年ほどは残った仲間達と旅を続けたが、自然と崩壊していった。
 ジーン・スレイフ・ステイレスの名が本格的に広まり始めたのはその頃だった。友と言うべき仲間達との別れを経て、自暴自棄になったのかジーンはある戦場に姿を現した。衝突する両軍どちらかの味方というわけではなく、たった一人の第三勢力として現れた彼は、半日間一人で戦い続け、何百という兵士を斬り捨てた。その翌日、異常事態を解決しようと駆けつけた百人の騎士を、やはりジーンは一人で斬り捨てる。どれだけ傷を負っても、一人斬り捨てればその吸った命で傷を癒す事が出来た。この一件で彼は、魔剣士ジーン、百人斬りのジーンと呼ばれるようになった。
 以降彼は広大な範囲を「風の領域」と名付け、そこを通る盗賊や軍、果ては隊商などを皆殺しにしていた。
 そうして年を重ね、百七歳になったジーンは、飽きることなく戦いを求め、完全に死という概念を忘れ去っていた。

 今、ジーン・スレイフ・ステイレスの手に魔剣はない。
 魔剣がないということは、彼は新たに命を吸うことが出来ない。つまり、彼は老いる。死ぬことが出来る。
 さらには瀕死の重傷という初めての経験を味わい、幼少以来百年ぶりに死を意識した。重傷から復活した時の体の衰え、思うように戦うことが出来ないもどかしさ、敗北の後に続く死。
 それらの体験は百年生きても新鮮な感覚だった。
 ヴァンドルフに敗れた事への復讐心は既に無い。これだけの心躍る体験をさせてくれたのだ、感謝さえしている。
 だが、敗れたままでは自分の百七年を否定する事になる。だからジーンは挑むのだ。初めて自分を破った相手、ヴァンドルフ・デュッセルライトに。
「孤狼技三連!」
 ヴァンドルフの弟子が斬りかかってくる。軌道の見切りにくい三連斬だ。だがかつて風の異名を取ったジーンには、あっさりとその軌道が見えた。
「力任せで充分だ……」
 ボルテクスがかつて使った事のある技を、そっくり真似て振り下ろす。
「猪突じゃ当たらねぇよ!」
 軽快に避けると、ボルテクスは二振りの剣で同時に斬りかかってきた。
 ヴァンドルフの弟子というだけあって、なかなか様になる双剣使いだ。
 三ヶ月前のあの日、偶然にも戦うこととなった双剣使いヴァンドルフ。ジーンが滅ぼしたばかりの盗賊達に用があったらしいが、そんな事は関係ない。剣を抜いて立ち塞がっている、それはジーンにとって斬ってもいい相手なのだ。
 だが、あっさりと敗北したどころか、ヴァンドルフはとどめも刺さずにどこかへ去った。瀕死のジーンは、隠れていた盗賊の残党ごときに敗走を余儀なくされ、海に飛び込んだ。
 そうして流れ着いたのがこの島である。気付いた時には魔剣は失われていた。
「我が魔力は傷を侵す……」
 わずかに残った魔力を、片手剣に注入して斬りつける。ボルテクスがそれを受け止める。
 それを見て、ジーンは剣を引いた。ボルテクスが不思議そうに剣を下げる。
「やめだ。続きはヴァンドルフとの決着をつけてからだ」
 最初に会ったとき、ボルテクスは瀕死のジーンよりも弱かった。だが、傷がいつまで経っても完治しないジーンを置いて、ボルテクスはどんどん力をつけた。無関心を装っても、ジーンはそれが気に入らなかった。
 切磋琢磨する好敵手というわけではないが、己を高める役には立ったと、ジーンはボルテクスを少しだけ気に入っていた。そのボルテクスとの決着を、ヴァンドルフとの前哨戦とするのは、何かが嫌だったのだ。
 ボルテクスもそれを悟ったのか、剣を納めて屈託無く笑った。
「よし、じゃあ師匠をぶった斬ってから俺と戦えよ? 約束だからな」
「…………フン」
 ジーンは目を伏せて、わずかに口の端をつり上げた。
「お前、笑ったのか?」
 ボルテクスの驚いた声を無視して、ジーンは青い外套を翻した。
「約束しよう……」
 それは、百七年の人生で初めて使う言葉だった。